おそらくアナタの知らない怪物・江川卓の話

語り尽くされた「空白の1日」は置いとこう

さんざん語り尽くされているであろう「空白の1日」や「オールスター8者連続奪三振」などはとりあえず置いておこう。

おそらく、たぶん、きっとアナタが知らないだろう、怪物・江川卓の話をチョロチョロっとしてみようと思う。

 

江川卓が高所恐怖症になったワケ

江川と言えば昭和の怪物。それと同時に極度の高所恐怖症でも知られる。

遠征で長距離移動するときは、もちろん飛行機になんて乗らない。新幹線やフェリーなんかを利用して移動するのだ。あれほどの堂々たるマウンドさばきを見せた江川がどうして高所恐怖症になったのか。

それは子どもの頃の体験が大きく影響しているのである。

幼少期、臆病ですぐ泣いてしまう弱虫な息子を見て、「いかん、これではプロ野球選手なんてなれない」と心配した親父さん。親父さんは福島県の豊間灯台に行き、江川少年を背負って灯台のてっぺんまで登り、そのまま身体を直角に曲げた。断崖絶壁を見下ろしても動じない男にしたかったからだそうだが、結果として息子に強烈なトラウマを植えつけることになり、過度の高所恐怖症になってしまったのである。

 

江川卓が閉所恐怖症にもなったワケ

高所恐怖症以外にも、江川は閉所恐怖症でもある。

その原因を作ってしまったのは、お察しの通り「高所恐怖症」を植え付けてしまった親父さん。

よくサザエさんを観ていると、カツオが悪戯をしてお仕置きに押入れに閉じ込められて大騒ぎする場面があるが、江川の親父さんはその上を行った。なんとテレビが入っていた木箱に江川少年を閉じ込めたのである。

それだけでも恐ろしいのに、親父さんのお仕置きは終わらない。泣きじゃくりながら「ごめんなさい」を連呼する江川少年を無視して、木箱に釘を打ちはじめたのだ。江川いわくその時の「トントン」と釘を叩く音は今でもハッキリと覚えているという。結果、江川は幼くして高所恐怖症と閉所恐怖症になってしまったのである。

 

ライバル田尾安志の優しさ

江川のプロ野球選手としての晩年は、怪我や故障との戦いだった。

その戦いの最中、何人か他球団の選手から連絡が入ることもあった。そのうちのひとりが当時中日に所属していた田尾安志。田尾は江川の身体を心配し、酒マッサージという特殊なマッサージをする先生を紹介してくれたのである。驚いた江川が、「どうして敵の僕に教えてくれるんですか?」と訊ねると、田尾は「本来の調子が出ていない君と戦ってもつまらないからだ」と答えたという。

 

えっ? 知ってたって?

そんなの俺の知ったことじゃないよー

まーたねー

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