習い事ラプソディ

スイミングスクールに通っていた少年1453の憂鬱

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俺は幼稚園年長さんの頃から小学生を卒業するころくらいまでスイミングスクールに通っていた。

 

今思うと何がそんなに嫌だったのかわからないくらい、スイミングスクールのある日(火曜日)は朝から憂鬱で気分は沈みきっていた。

 

泳ぐのは嫌いじゃなかったし、当時はまだソクラテスばりに周囲に声をかける子どもだったから友達も多かったし、何が嫌だったのかまるで思い出せない。

 

だが、とにかく憂鬱で給食で大好きな「なめこ汁」と「焼魚」と「すだち」が出てきても、ちっとも食欲がわいてこなかったのを覚えている。でも、妙なもので1時間ほど友達と喋りながら泳いで、帰りのバスに乗り込んだ頃には「ああ、今日も楽しかったなあ」と思いながら清々しい気持ちになっていたのだ。我ながらよくわからない。

 

行きのバスでは、だんだんと顔見知りが乗り込んできて声をかけてくれる。皆、学区外の子たちだが、気のいい連中ばかりで顔を眺めるとホッとしたものだ。

 

しかし、それでも拭いきれない憂鬱さ。その根本的な原因は今をもってなお不明である。ただ漠然とした憂鬱さだったのだろうか。

 

 

練習後の楽しみ

 

そんなスイミングスクール嫌いの俺だったが、練習後に楽しみにしていたことがあった。

 

それは、バスの中で、アイスの自販機で買ったチョコチップクッキーアイスを喰らったり、メーカーがどうしても思い出せない「うめスカッシュ」(緑色の太めの瓶に入ったやつ)を飲んだりしながら、友達とバカ話に興じることだった。これがとてつもなく楽しく、「永遠に続けばいいのに」と思える時間だった。

 

その感覚は今でも残っているらしく、最近はご無沙汰だった飲み会においても同じようなことを感じながら楽しんでいた。

 

おそらく俺は同じことを乗り越えた人たちと労り合うのが好きなんだろうと思う。「同じ釜の飯を食う」みたいなのの、もっとラフな感じが好きなんだろう。

 

この楽しみのために泳ぐのを頑張っていた気がするし、また、この楽しみをより満喫するためにわざと憂鬱に気分を沈ませてギャップを自ら作り出していた気がしないでもない。だとしたら、我ながら大馬鹿野郎だと思う。

 

 

テスト

 

さて、そのスイミングスクールでは、面かぶりクロールだの背泳ぎだのと泳法や距離に応じてテストがあった。テストに合格すると「パスポート」と呼ばれる綺麗な紺色の表紙の帳面にシールを貼ってもらえた。それが地味に嬉しかったのを覚えている。

 

大抵の泳法は1,2回のうちに何となく使えるようになったのだが、どうしても身につかず、習得まで丸1年もかかった泳法があった。正直、一生泳げるようになる気がしなくて、このあたりから「辞めたいなあ」と思うようになっていた。

 

その泳法とは、「平泳ぎ」だった。

 

どうしても、あのカエルのような足使いがキレイに決まらず、前に進まないのだ。つい苛立ってバタ足をしてしまう有様で、テストに落ちて、落ちて、落ちまくった。川や海、プールに遊びにいったときにも練習しまくり、やっとの思いでテストを突破したときには小学生を卒業しようとしていた。

 

その後、バタフライのテストは練習せずに見よう見まねで合格し、パスポートに貼れるシールをコンプリートしたところで俺はスイミングスクールを辞めた。

 

 

まとめ

他の習い事でもそうなんだけど、●●を習いに行く日というのがとにかく嫌いで嫌いで仕方がなかった子どもだった。

 

そして、嫌いで嫌いで仕方がない理由がまるでなかった子どもでもあった。理由がないから克服することも出来ない。

 

まったくもってワケの分からない子どもだったわけだ。

 

他にもいろいろと習い事をしていたので、時々思い出すために更新してみようと思う。

 

 

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