ロッキングオン1453おふざけ回顧録

 

学生時代から現在(28歳)までに組んでいたバンドの数は、全部で4つ。

今回はそれらを振り返りながら簡単に紹介していってみようと思う。

 

SPLAYT(2006年)

 

最初に組んだのが高校3年生で中退する直前。「SPLAYT」というバンドを無理矢理組まされ、無理矢理ベースを任されるも練習をしなかったため弾けない。

全体練習にもほとんど参加せず、たまに参加してもマンガを読んでおしまい。「そろそろ高校を辞めよう」と考えていたためバンドどころではなかったのだ。

中退によって自然に脱退する形となるが、当時のメンバーとは今でも遊ぶ仲である。(闇鍋など俺の思いつきに付き合ってくれる面々である)

 

HARLEM DAD(2006年)

SPLAYTと同じタイミングで組まされていたガールズバンド。ガールズバンドなので俺以外は全員女の子だった。

マスコットキャラクターとして在籍させられていた。キャラクター設定は「肩幅が異様に広くてお気に入りのワンピースが片っ端から破れてしまう、という呪いに悩む4人の娘を持った父親(女装癖あり)」という難易度の高いものだった。が、結局SPLAYTと同様高校中退により自動的脱退となる。

そもそもバンドにマスコットキャラクターが必要なのかどうかは今をもって謎のままである。一応鍵盤ハーモニカとカスタネット、コーラス担当。

 

こぶちび(2007年)

第一次大阪期に1ヶ月だけ組んだバンド。俺以外は全員180センチ以上ある巨漢で構成されていた。

相変わらずの練習嫌いでベースは弾けないまま。そもそも弦を取り外し、0弦ベースを愛用。

この頃からライブで使う台本を書くようになる。ベースの練習もせず、脚本兼総合演出家を気取りはじめる。蜷川幸雄の1000倍短気な演出家だった。

 

 (無題)(2010年、2012年、2015年)

こぶちび以降は、何年かに1度夜中のテンションの赴くままにバンドを結成することが何度かあったが、夜が明ける頃には解散するのを繰り返した。

主な解散の理由は「ちゃんと音楽をやりたい」人たちと「練習したくない」俺との対立である。話し合いは常に平行線。わかりあうことなく解散し、お互いに「バーカ、バーカ」と言い合いながらボンバーマンをやって仲直りするのが恒例だった。(その際、皆が一斉に俺を爆破しようと襲ってきたり、ドクロ状態で追いかけてくる)

もちろん俺のベースの技術は、現在でも「弾けない」状態のままであり、今後も練習することはないと思われる。

 

 

 

 

 

 

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