すべては兄の気まぐれな思いつきから始まった
あるとき年の離れた兄が、
右利きだった江夏少年に何故か左利き用のグローブをプレゼントしてくれた。
戸惑う弟に向かって兄は「お前は左でやれ」と言ったのである。
理由は、
当時大人気だった川上哲治や大下弘が左利きの選手だったからというめちゃくちゃなものだった。
しかし、兄は本気で弟をサウスポーにしようとしており、字を書くときも、箸を使うときも左手を使わなければ激怒した。
最初は面食らっていた江夏少年だが、中学生の頃になると周囲は右利きばっかりなので「逆に左利きは面白いんじゃないか」と自らすすんで左利きへと変えていくことになる。
その他の例
似たようなエピソードを体験しているのが、松井秀喜だ。
松井秀喜も右利きで、子どもの頃は右打席でバットを振っていた。
しかし、あまりにも弟がポンポン打つのが面白くなかった兄が「お前、左で打て。お前の好きな掛布も左だろう」と言って、強引に左打者にしてしまったのがきっかけなのだ。それが日本を代表する強打者としてアメリカでも活躍するのだからわからないものである。
余談の余談なのだが、
江夏のライバル左腕である鈴木啓示も317勝あげた男であるが、子どもの頃は右利きだったんだ。
怪我して、仕方なく左を使ってるうちに左利きになった。こういうのは怪我の功名というのだろうか?