昨秋に一度紹介した中津の満月イチョウ。
そこには立派なイチョウの木の下にベンチがある。
そこに座って、景色を眺めながらファミリーマートで買った塩むすびをぱくついていると、民家の庭にいる犬がワンワン鳴いているのが聞こえてきた。
いったい何に吠えてるんやろう? 何気なく視線を鳴き声のするほうに向ける。
塩むすびを頬張りながら眺めていると、民家からおばさんが出てきた。
俺も犬を飼ってるんで、「あー、家の犬が鳴いとったら気になるわな」と思いながら塩むすびを飲み込んだ。
そして、視線を犬から景色にうつした。
犬の視線の先を追ったのだ。何が見えているのだろう。
しかし、何も怪しそうなものは見当たらなかった。
塩むすびも食ったし、そろそろ移動しようか。
そう思い、ベンチから腰をあげたときだった。
車に戻る前に何気なく、もう一度犬のほうに目をやった。
すると、おばさんが拳をぶんぶん振り回しながら犬を追い払っているのが見えた。
おばさんに怒鳴られ、走って逃げていく犬。
あっけにとられて呆然とその光景を見る俺。
激怒するおばさん。
そう、犬は野良犬だったのだ。
民家の庭に我が物顔でいて、ワンワン吠えてるから、てっきりその家の飼い犬なんだと思い込んでしまったのである。
犬は、逃げ去りながらも俺を振り返った。その目は何かを訴えかけるように見えた。
人間よ、見た目に騙されるなよ。
じゃあな、あばよ。ばいばい。ばいびー。さよなら三角またきて四角。
犬は考えうるだけの別れの言葉を残し、どこかに消えていった。
きっと俺はこの日のこの出来事を忘れないだろう。
車に乗り込もうとした俺の背中越しに、犬の遠吠えが聞こえた。