車に戻る前に何気なく、もう一度犬のほうに目をやった。
すると、おばさんが拳をぶんぶん振り回しながら犬を追い払っているのが見えた。
おばさんに怒鳴られ、走って逃げていく犬。
あっけにとられて呆然とその光景を見る俺。
激怒するおばさん。
そう、犬は野良犬だったのだ。
民家の庭に我が物顔でいて、ワンワン吠えてるから、てっきりその家の飼い犬なんだと思い込んでしまったのである。
犬は、逃げ去りながらも俺を振り返った。その目は何かを訴えかけるように見えた。
人間よ、見た目に騙されるなよ。
じゃあな、あばよ。ばいばい。ばいびー。さよなら三角またきて四角。
犬は考えうるだけの別れの言葉を残し、どこかに消えていった。
きっと俺はこの日のこの出来事を忘れないだろう。
車に乗り込もうとした俺の背中越しに、犬の遠吠えが聞こえた。