たぬきち

少し遠巻きにポツンとたたずむ一頭の獣だった。つぶらな瞳で俺をまっすぐに見つめているのが非常にかわいい。てっきり熊か人間がいると思っていた俺は心底ホッとした。
「なんや、狸やったんけ。よかった~」
「おーい、たぬきち!」
安堵した俺は、5分くらい声かけ続け、手を振り続けた。写真を撮り、動画を撮り。それでも無反応なたぬきち。
あれ、これ近付いても大丈夫なんじゃね?
と岩場を滑りながら、よじ登る俺。2,3回落下しかけながらも少しずつ登っていく。
「よう、お待たせ、たぬきち」
息を切らせ、顔を上げると、たぬきちはいなくなっていた。
「まったく。照れ屋たぬきめ。ふふっ」
そして、「今日はマズい滝も飲めたし、狸とコミュニケーションも取れて、ネタいっぱいやなあ」とホクホクで帰路につく俺。
この時の俺はまだ、自分がとんでもない大間違いをしていたことに微塵も気づいていないのであった。
