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【短編小説】かずら橋【徳嶋ダイスケ作】

投稿日:2021年5月6日 更新日:


 それが武だとわかったのは、思わず見たバックミラー越しに彼と目があったからである。


 武はにっと笑っていた。だが、それは嘲笑っているようではなく、ただ落ち込んでいる私を元気づけようとしているような、温かく穏やかな笑顔だった。


最近、前の乳歯が抜けたばかりでところどころが穴だらけの、良い笑顔だった。
 「お父さん、怖いのによう頑張ったな」
 「え?」
 「ホンマは最初っから怖かったんじゃろ? ほなけんど、僕らが連れてってってお願いしたけん、頑張ってくれたんじゃろ? ありがとう」


 想像していなかった武の言葉に、私は何も言えなかった。かわりに涙が溢れでていた。嗚咽が出た。鼻水も出た。もしかすると橋の上での失神以上にみっともない状態だったかもしれない。


 しかし、それ以上にすっと体と心が軽くなっていき、心地よくなっていくのを感じていた。
 「僕、知っとんよ。人間はな、得意なこともあるし、どうしても出来んこともあるんよ。ほれ、僕は算数が苦手やし、お姉ちゃんは虫が怖いし、お母さんは……ああ、お母さんは何も怖いもんないか」


 そう言って武が笑うと、尚美と幹子も声を上げて笑った。


 私もつられて笑った。
 「それにな、お父さん、僕が一年生のとき学校でオシッコ漏らして落ち込んどうとき言うてくれたでぇ。『誰しも失敗はある。一番あかんのはたった一回の失敗で自分なんかアカンといじけることじゃ』って」


 「うん、そうやった……そうやったな。すまん、お父さん、えらそうに武に言うたのに忘れとったわ」


 「しゃあないよ。僕も六の段、たまに忘れるもん」


 そう言って武はニシシシと笑った。


 その瞬間、私のなかで張り詰め続けていた何かが音を立てて切れた。それによって、それまで自分のプライドを覆うように着込んでいた、見栄、虚栄の鎧を脱ぎ捨てることが出来た。


 「武、ありがとうなあ」
 「あははは。かんまんよ」


 日が沈む前に、吉野川市内にある自宅に到着した。
 「そうじゃ、野球中継始まっとうかもしれん!」
 と武がいの一番に車を飛び出し、玄関に向かって駆けていった。そのあとを幹子が追いかけていく。


 「ちょっと、今日は鉄腕ダッシュ観る日やろー」
 「おーい、テレビもええけど、ちゃんと手洗いせえよー」


 ふたりの子どもの背中に向かって声を掛ける私。
 尚美が車を降り、大きく体をそらして伸びをした。
 「今日は何か、すまんかったな……」


 気恥ずかしさと気まずさの入り混じった、バツの悪さをごまかすように私が目をそらしながらいうと、尚美は私の目の前に回り込み、
 「作戦成功~」
 とわんぱくな子どものような笑みを浮かべた。


 「さ、作戦? おい、どういうことじゃ?」


 訊ねてみるも、それに尚美は答えず、「さて、ご飯作らな~」と言いながら私をおいて家に入っていってしまった。


 どうやら今日の一連の出来事は、尚美の手のひらの上でのことだったようだ。
 あいつ、さては私が高所恐怖症だったのを知ってたな。下手すれば義父たちも知ってかもしれない。


 ホンマ、かなわんわ……。


 思わず苦笑してしまう。
 すると、武がリビングの窓越しに「お父さん、坂本がツーベース打ったで!」と叫んできた。


 「おっ、また打ったんか。すぐ行く」
 私は慌てて玄関に向かって走った。
 この日、私は見栄と虚栄の威厳ある父親は卒業した。(了)

まとめ

いかがだっただろうか。徳嶋ダイスケの短編小説は。

俺らしくない、ハートウォーミングな話だったでしょ笑

てっきりいつもみたいに変なふざけたのを書いてると思ったでしょう。意外とこういうのも書けるんですよ、俺は。

お褒めの言葉のみ募集中。

冗談はさておき久しぶりに小説を書いたけど、楽しかった。このブログのために祖谷のかずら橋に行ったときの経験が、そのまま活きた気がする笑 あのヒュンヒュンする感じは、体験しておいてよかったと心から思う。

意外と褒めてくれる方もいて、すっかり調子に乗った俺はもう一度徳島県にまつわる小説を書いてみようと案を練っている。

以上、徳嶋ダイスケの短編小説披露(「もっと俺を褒めてくれ! 頼む、お願いしますよ! 褒めてくださいよ! いや、マジでマジで」のコーナー)記事でした。では、また!


 
 
 
 
 
 

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