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追悼 最愛のプラム

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Twitterでは少しお話ししましたが、最愛の家族プラムが先月末に長い闘病の末に亡くなりました。

正直なところ、とっくに覚悟は出来ているつもりでした。

病気でなくとも14歳。今年で15歳の高齢でしたし、乳がんになりましたし、獣医さんからは「認知症」とも言われていましたし、最後の半年は自力で歩くこともトイレをすることも出来なくなっていましたし。

それでもやっぱり辛いものは辛いものです。

ただその日はたまたま家族全員が揃っており、全員で看取ることができたのは良かったなと思います。最後の最期まで家族思いなヤツだったなと心底思いますね。

たとえばね、家族のうちの誰かが家を出てるとするでしょう?

そしたらプラムは家中の部屋を見て、家族を探して回るんです。ひと部屋見ては俺を振り返り、ひと部屋見ては俺を振り返り。「お母さんがおらん。どこ?」と心配そうな目を向けてくるようなヤツでした。

また、俺はですね、自分で言うのもなんなんですが、まあまあ痛みに強いんですよ。腕が折れようが火傷を負おうが表情に出さないんです。実の親にも「痛い」とバレたくないポーカーフェイス野郎なんですが、プラムだけは全部気づきよるんですね。

そっと寄ってきて、ぺろぺろ舐めてヤツなりに慰めてくれるわけです。全部お見通しといわんばかりの目が忘れられません。

とても気の強い、四国の方言でいうところの「がいな」ヤツでしたが、それ以上に優しいヤツでもありました。

俺が18歳の頃に我が家にやってきて、ずっと徳嶋家の精神的支柱として存在し続けてくれました。俺が高校を中退して宙ぶらりんになっていた年の冬にやってきて、新たな業界に転職して「よっしゃ頑張るぞ!」と気合十分な33歳になる俺を見届けるようにして亡くなりました。

もっと一緒にいたかったし、もっと撫でたかったし、もっとオヤツもあげたかったし、もっと遊びたかったし、後悔でいっぱいです。もう3週間が経過しようとするのに、俺の手には最期のプラムの温もりがはっきりと残っています。我々家族の呼びかけに反応しなくなり、動かなくなり、常に強い光を放ち続けたプラムの目からゆっくりと光が消えていく瞬間が脳裏に焼き付いています。

でも、記憶に残るのは辛いことばかりではありません。むしろプラムが見せてくれた強い生命力であるとか、どんな境遇にあろうが気高さを失わない強さであるとか、そういった諸々のことも我々徳嶋家のなかにはっきりと残っているのも事実です。

プラムのおかげで色々な経験ができました。ありきたりではありますが、命の大切さを直球で実感することが出来ました。1日1日の大切さを痛感しました。

プラム、ホンマにありがとう。

いつも以上に脈絡のない、ゴール地点の見えない文章を申し訳ありません。

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