海陽町立宍喰図書館
買ったは良いけど、使う場面がないまま9月も半ばが過ぎた「2019年スケジュール帳」と「ペン」を装備した俺は、片道3時間かけて徳島県で最も南にある図書館(多分)【海陽町立宍喰図書館】にやってきていた。
この宍喰図書館は出入り口に、館内での撮影を禁じる貼り紙をしてある。
ご安心くだされ。
われこそは図書館をこよなく愛する者。
館内の写真など最初から撮るつもりもございませぬ。
ただメモはめっちゃとるけど(;・∀・)基本的に頭に叩き込んで、車に戻ってめちゃくちゃメモとるスタイルだ笑
記念すべき1館目ということで、何に注視していくとか、何をどう見れば良いのかも曖昧だったが、とりあえず探り探り楽しみながら館内を闊歩。ひたすら闊歩。
すると見えてくる宍喰図書館の良さ。持ち味。個性。
まず非常に明るい館内。証明の感じもそうだし、窓から差し込む陽光の具合もあるんだろうね。また、館で働く人々も明るく、怪しい俺にも挨拶してくれるのだ。(怪しいからこその声掛けかもしれんが笑)
この宍喰図書館にしかないであろう、最大のポイントは「ドナルド・キーン氏から寄贈された本で構成された本棚(ドナルド・キーン文庫)」だろう。
キーン氏といえば、「49セントのわりに分厚かったから」という理由で、たまたま手にとった「源氏物語(英語版?)」を読んで感動したのをきっかけに日本文学にのめり込み、日本語を学び、日本を研究しはじめたアメリカにおける日本文学、日本文化研究の第一人者とも言うべき方だ。
それが1940年。アメリカと日本が戦争をはじめるよりも前の話である。
そして、おそらく史上最も日本を愛し、日本を探究したニューヨーカーだ。日本愛は凄まじく、本名を「ドナルド・キーン」から「キーン・ドナルド」と、日本の名字からの名前風に変えてみたり、雅号として「鬼怒鳴門(キーン・ドナルド)」を名乗ったほどだ。(ちなみに風のうわさによれば、雅号に含まれる鳴門は、徳島の鳴門から来てるんじゃねえか説があるらしい)
ただ、キーン氏は2019年に亡くなるまで東京に住んでいた。
そんなキーン氏がなぜ、宍喰と縁があったのか……。