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【通学路】徳嶋ダイスケ、20年ぶりに登校してみた【小学27年生】

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20年ぶりくらいに通学路を歩いてきた。
普段まったく訪れない吉野川市某所。俺が生まれ育った場所だ。

ある休日、旧家に用事があり訪れた。
その際「ちょっと歩いてみっか」と気まぐれで、母校まで散歩することにした。せっかくなのでGoProをまわしながらてくてく。

田んぼと田んぼに挟まれた道を進む。本当に何もなく、街灯もない。だから、委員会やら何やらで遅くなると真っ暗だったな。

途中の墓地だけちょっと照らされてて、それ以外は暗がりをひたすら歩くんだ。

当時は何とも思わなかったが、大人になった今思うと少し怖いな笑

大小様々な用水路があるんだけど、毎日友達と片っ端から覗き込みながら進むんだ。「ザリガニおらんかな?」「フナは?」。運が良ければクサガメやヨシノボリを見つけたな。

ちなみに俺はザリガニ釣りをしたことがない。泥ん中に腕を突っ込んで手で捕まえるか、網で追い込んで捕まえるかしか知らなかったからだ。

俺たち男子は虫とか魚とか生き物ばっかり見てたんだけど、たまに女子と一緒になると野花について教えてもらった。ただ照れくさいから「葉っぱなんて知らん!」って無愛想に答えてたな。

そのわりには「レンゲ」とか「シロツメグサ」とか見るたびに「そういや教わったな」と思い出す。案外しっかり覚えているもんだ。

当時から「これはなんやろう?」とわからないままなのがこれ。

まさかまだ現存しているとは驚いた。稲か何かをゴーリゴリするやつなんかな? 昔勝手に回して怒られた気がする笑

「変わってないなあ」と思いながら歩いたものの、学校に近づくにつれ結構様変りしているのに気付いた。

まず校門の南側に小さな用水路があるんだけど、外から入れないようフェンスがあった。

俺が初めてヤゴを捕まえた用水路も封印か。

そんでその用水路と校門の短い間に小さな祠があるんだけど、そこを見てビックリした。その祠のそばには巨大な樹があったのに無くなってたんだ。たしか銀杏の樹だったと思うんだけど、綺麗さっぱり無くなっていた。

その樹ではカミキリムシをよく見かけて捕まえたもんよ。

で、さらに驚いたのがこちら。

俺の母校百周年突破しとったんかい!笑
しかも何十年も前に。調べたら明治7年に創立。1874年にはあったんや!

146年。なかなかの歴史やな!
全然知らんかった。

でも、もう廃校が限りなく濃厚で新入生も全然おらんくらいだからな。

そして、校門はこの有り様。こんな扉なかったんだぜ。時代を感じるよな。ノーガードだったもん笑 

毎年おじさんかおばさんがこのあたりで映画の割引券を配っててさ、アレマジでなんだったんだろう。

他にもウッチョバイと呼ばれるおっさんがチャリで駄菓子売りに来てたこともある。

「ウッチョバイ来とん? わあ」みたいな感じで、子どもが集まるんだけどさ、買ってるやつを見たことはないな笑 俺も何度かウッチョバイと喋ったことがあるけど、何も買ってないもん。

今だったら通報されてるような人もいっぱい勝手に出入りしてたもん。そりゃ扉もつけないと危ないよな。

隔世の感っていうのかな?
そういったもの寂しさを感じながら「下校」する32歳になった俺。

同じ道をとぼとぼ歩いていく。 隔世の感を噛み締める登下校となったのである。

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