※少しおセンチなお記事となっておりますので、お予めご了承くださいませ※
2月6日。
その日は、我が愛車・鉄の棺桶2号との最後の夜だった。
鉄の棺桶2号は、2月7日をもってお別れ。その後に廃車になることが決まっていた。尚且つ俺は7日がバリバリ仕事ということもあり、
本当に愛車と共に過ごせるのが、この晩しかなかったのである。
とはいえ仕事上がり後の時間など知れているし、ましてやガソリンも必要最低限しか残っていなかった。
そうなれば、必然的に近場をドライブするくらいしか出来ない。とりあえず俺は割と近場の思い出の場所に行くことにした。
思えば、大阪から帰ってきて家業に就いてからずっと一緒だった。大体8、9年の付き合いか。
ここで書くのは憚られるような出来事に凹んだ夜も、その苦しみに終止符を打たんがために高速を走り抜けた夜も、愉快な徳島の冒険に飛び出し続けた朝も、初めて飛び込み営業で成果を出せた時も。常に身近にいたのが鉄の棺桶2号だった。
ひとつひとつ思い返せば、きりがないほどの思い出が詰まった鉄の棺桶2号。いつもと変わらず、黙々と俺を目的地に運んでくれる。
そのひたむきさがいとおしくて、堪らなかった。込み上げてくる様々な感情を、ありのままに受け入れながら、黙々とハンドルを握った。
我々の思い出の場所は、吉野川市・掘割峠にあるスポットで、何度も訪れているお気に入りの場所である。(ちなみに弟やプラムとも来たことがあるところで、自販機とデカい人形が目印の不思議なところだ。Googleマップで見てみたら「カフェ」扱いになっている間抜けなところである)
何でも夜景が綺麗に見えると聞いていたのだが、これまで一度も夜に訪れたことがなかった。だから、最後の夜はそこから一緒に夜景を眺めてやろうと思ったのだ。
片道15分程度。毎度何時間も走りまくってきた俺たちにしてみれば、非常に短い冒険である。けれども、じっくりゆっくり。噛み締めるように、その短く大切な最後の時間を過ごした。
ぐるぐると細い道を登っていく。
ほとんど対向車もなく、快適なドライブだった。ほどなくして堀割峠に辿り着いた。
そこから見える夜景は、たしかに綺麗だった。でも、何となく寂しく、何とも言い様の無い感覚に、純粋に景色を楽しむことが出来ずにいた。
それからしばらく俺たちは無言で夜景を眺めた。
名残惜しさは否めなかったが、いつまでも居座り続けるわけにもいかない。とりあえず来た道を戻ることにした。
これが一緒にいられる最後の冒険なのだと思うと寂しくて仕方がなかった。
これがもし、また別の誰かの愛車となるのであれば少しは気持ちが違ったかもしれない。だけど、廃車なのだ。
本当にお前は全うしたのか?
本当にお前は満足したのか?
本当にお前は俺と一緒で良かったのか?
俺は楽しかったが、お前はどうだった?
問いかけても仕方ないのに、問いかけるしか出来ない。無論返事もない。ただ、ひたすら俺のために進み続けてくれるだけ。
散々無茶な道を走ったし、散々無茶な距離を走った。いらぬ傷をつけてしまったこともある。無事故でいられたのが不思議なくらい沢山走った。
やがて、静かな最後の冒険にも終焉が訪れる。自宅に到着してしまった。
これで本当に終わったのだと思った。
エンジンを切った後も、暗くなった車中にしばらく残った。すると暖房に暖まっていた車中も、次第に冷たく、冷えていく。
その感じが、生物の死のように思えて、悲しくなった。「少し感傷的になりすぎたな」と感じたところで、俺は最後に愛車に向かって声をかけた。
「ありがとうな」
それだけ言うと、俺は愛車から降りた。もう振り返らなかった。
こうして愛車・鉄の棺桶2号と俺との最後の夜と、最後の冒険が終わった。
さらば、相棒! 俺はこれからも冒険を続けるぞ。
生老病死。愛別離苦。そうした諸々に負けて、歩みを止めることは生きることへの冒涜だからな。お前の分まで冒険し続ける。安心して草葉の陰から見守るがいい!!
ふはははははは!
……。じゃあな、我が愛車・鉄の棺桶2号こと剃男よ。お疲れさん!
以上、追悼記事でした。 (俺らしからぬ、沈んだ記事を失礼致した。次回更新からは通常通りバカ全開記事を載せますゆえお許しを)