職場の公式HPに掲載すべく、取材交渉の電話を入れた。
しばらくコールが続く。
「む、相当に忙しいのかもしれないな。タイミングを改めるか」と思った瞬間、「もしもし」と女性の声。自分で電話をかけておいて、驚いた俺はパニくって「すみません。豆腐とかこんにゃく買えますか?」と取材交渉とはまるで関係ないことを口走っていた。
豆腐やこんにゃくを売っているお店に電話をかけて、「豆腐とかこんにゃくとか買えますか」なんて不審な電話以外の何物でもない。俺が電話を掛けたのは、栗枝こんにゃく豆腐店なのだから。
一瞬、受話器の向こうで戸惑う女性の気配。
しかし、さすがは老舗のこんにゃく豆腐店。
動じた様子を感じさせない対応を続ける女性。俺の勘では、ここの女将さんなのではないだろうかと思った。急に「豆腐とかこんにゃくとか……」と訊ねた俺に対し、「買えますよ」と言いつつ、「ご注文されますか?」と女性。
だんだん落ち着きを取り戻してきた俺は「ちなみにお豆腐はおいくらですか?」と訊ねるゆとりが出てきた。それに対し、「そうですね。九センチ四方のお豆腐が300円で、その倍のお豆腐が600円です」と返事。またもや耳を疑った。
9センチ四方の豆腐? でかすぎやしないか?
電話を首と顎で固定したまま、財布の中身を確認する。お札は1枚もない。小銭入れをじゃらじゃらとのぞき込む。すると、500円玉が1枚と100円玉がそれぞれ1枚ずつ10円玉と5円玉たちの合間に姿を見せた。
「ほな、大きいお豆腐を1つください」と答えた。
「わかりました。お名前は?」「徳嶋と申します(実際は本名を答えています)」「はい、かしこまりました」そういったやり取りの中、電話は切れた。時間にして1分強。このたった60秒間で何度驚かされたことか。
しかも、驚くなかれ。俺はまだお店に訪れてもいないのだ。
現場ではどんなに驚かされることになるのだろうか。
それから20分ほどし、仕事が一段落ついたところで栗枝こんにゃく豆腐店に電話予約注文した豆腐をとりにいった。女性のいうことが定かならば、相当に巨大な豆腐だ。